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お知らせみちのく小伝』


 
青森・岩手・宮城に伝わるささやかな歴史の世界へ


 私にとって「平成の大事業」となった2年にも及ぶ家族史調査の過程で、非常に助かったのが、岩手における郷土史料の豊富さだった。

 盛岡は南部藩の城下町として栄えた歴史のある街だ。しかし、歴史が古いということと、歴史があるということは厳密に言えば、別であるように思う。古くとも、史料に乏しければ、後世に歴史は伝わらない。歴史は記録、伝承されてこそ、歴史になる。

 幸い、盛岡の先人たちの中には、後世に歴史を残すということに熱心だった方が多かった。そのおかげで、我々は昔の盛岡の姿を知ることができる。

 ただ、日々、歴史は積み重なっている。今日の出来事が明日には歴史となる。我々は日々、記録、伝承を続けていかなければならない。マスコミが発達した今日でも、案外、伝えるべき事がしっかり記録されていなかったりするものだ。

 そうした考えから本コラムでは、まず、身近な伝承をご紹介することから始め、徐々にその範囲を広げていきたいと思っている。地域も岩手に限らず、青森から宮城まで、みちのく地方全般を対象とする。内容の性格上、アットランダム、かつ不定期の更新となるのはご理解いただきたい。


  ◆『みちのく小伝』 目次

   はじめに              青森・岩手・宮城に伝わるささやかな歴史の世界へ
  【盛岡】みちのくの宮一族(1)    筆屋とおかみと文化人
  【盛岡】みちのくの宮一族(2)    筆屋と馬と後藤貞行
  【盛岡】みちのくの宮一族(3)    楠木正成と宇都宮公綱
  【三戸】みちのくの宮一族(4)    宇都宮公綱とみちのくを結ぶ線
  【雫石】みちのくの宮一族(5)    初代・十郎左衛門友行と三社座神社
  【二戸】みちのくの宮一族(6)    二代・友貞にみる藩代官制度の成立
  【二戸】みちのくの宮一族(7)    二代・友貞にみる代官の仕事
  【二戸】みちのくの宮一族(8)    100年生きた十郎左衛門と武士の名前
  【盛岡】郷土史の偉人たち(1)    原敬の「歴史」観
  【盛岡】郷土史の偉人たち(2)    60年を経て盛岡に戻った原敬の議員バッジ
  【盛岡】『瀬山命助物語』その後(1) 吉田松陰が話を聞きたかった男
  【盛岡】『瀬山命助物語』その後(2) 吉田松陰が盛岡に見た私塾
  【盛岡】『瀬山命助物語』その後(3) 孔子像と瀬山家のファミリーヒストリー
  【盛岡】『瀬山命助物語』その後(4) 日陰山の謎の石垣

   以降、順次公開予定