本文へスキップ

小林一三の『ビジネスに効く言葉』 (まいつき、一三!)

小林一三のビジネスに効く言葉


 青年の希望は達せられないのが原則だと思わねばならぬ



 夢を持つことが大切だと説いている一三さん。以前にも、

 若い人にはなおさら夢がなければならない

という言葉を紹介しました。

 しかし、あれはいったい何だったんだ、と言いたくなるのが、今回の言葉です。

 一三さんは著書『私の行き方』の中で、こう弁明しています。

 「青年はもちろん、燃ゆるがごとき希望を持たねばならぬとは、私の持論である。しかしまた、その希望はいたずらに空想に終わるのが多くて、100人に1人もそれを果たすことが難しいものである(中略)というのも、若い人たちに対する私の忠告の一部なのだ」

 ただ、こうも述べています。

 「希望がただちに実現されないからといって、すぐに失望したり、自暴自棄に陥ってはならない」

 「世の中へ出るのは、自分の思うようにならないということを経験するためである。このことがはっきりわかると、案外くだらないとか平凡過ぎるとか思っている会社の仕事も、急に活気づいて見えてくるだろうし、また愉快に働かねばウソだということにも気づくであろう」

 では、愉快に働くにはどうすればいいのか。それは、

 「その日その日の仕事をその日の中に片づけること、手近のものを始末すること」

だと、一三さんは言います。

 ここでの「仕事」とは、単に会社の仕事というばかりではなく、毎日、新聞を読んだり、ご近所さんと挨拶をしたりと自分自身が生活の中で行うべき事のすべて、という意味だそうです。

 このようにして、日々の小さな「仕事」をコツコツこなしていくことで、不可能と思えた大きな希望が、少しずつでも実現に向けて近づいていくものだ、というのが一三さんの考えです。

 思えば一三さん自身、学生の頃は新聞記者になりたいとか小説家になりたいとの希望を持っていましたが、現実にはその希望はかないませんでした。

 それが、さして興味も持っていなかった鉄道業界に入ってからは、日々、会社を存続させること、生きていくことに一生懸命、地道に仕事をしてきたという経緯があります。その結果としての、成功でした。

 そんな一三さんの人生から生まれた言葉だと思います。

 「青年の特権たる燃ゆるがごとき希望を、ただの空想に終わらせずに、生きた仕事にしていってもらいたい。これが世の中へ出て行くに当たっての最善の方法であり、最良のたむけの言葉であると思う」

 夢を持つことが大事とは簡単に言えますが、現実の社会ではその夢を持ち続けることが大変なのです。一三さんは、そんな社会の中で、どうやって夢を持ち続けていくかについて、教えているのです。


 注)引用した本文の一部は、著者が現代語訳しています。

前の言葉 次の言葉



小林一三

小林一三(こばやし・いちぞう)

明治6(1873)年1月3日、山梨県韮崎市生まれ。明治25(1892)年、慶應義塾大学卒業。翌年、都新聞に入社予定も直前に破談、三井銀行入行、大阪支店へ。明治40(1907)年、同行を退職、箕面有馬電気軌道(後の阪急電鉄)の経営に参画。昭和2(1927)年、阪急電鉄社長。昭和3(1928)年、東京電力の前身である東京電燈副社長就任。昭和7(1932)年、東京宝塚劇場(後の東宝)創立。昭和15(1940)年、第2次近衛内閣で商工大臣就任。昭和32(1957)年、死去。享年84歳。大仙院殿真覚逸翁大居士。元プロテニス選手でタレントの松岡修造はひ孫にあたる


【関連書籍】



 拙著。一三さんの波瀾万丈な生涯を描きました




  小林一三のビジネスに効く言葉 目次
 
  はじめに−時代を超越する仕事の極意
  自分の持つ長所を確信すること
  若い人にはなおさら夢がなければならない
  着想とは現在の仕事にベストを尽くす中から生まれる
  自分は運命論者であり、努力第一主義者である
  何よりも人間は独立自尊で生き抜かねばならぬ
  中小企業は金のある人には決してできない
  世の中とは本当におかしなものである
  青年の希望は達せられないのが原則だと思わねばならぬ
  有用の材たらんとする青年は平凡でなければならぬ
  自分の計算から出発せざること
  事業の基礎を大衆に置く