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お知らせファミリーヒストリーの調べ方』

 【調べてみたらこうなった−家族史づくりの意外な効果編】
 その1 歴史が妙に身近に思えてくる(後)



 家族史がわかると、歴史が妙に身近に思えてくる、ということについて。もうひとつ、こんなエピソードをご紹介しましょう。

 拙著『ファミリーヒストリー 家族史の調べ方・まとめ方』の出版を記念したイベントを企画、開催した際のことです。

 幕末の長崎で写真館を開業、多くの志士たちを撮影したことで知られる上野彦馬と、日本のミステリー作家の祖で、明治・大正期に一世を風靡した大衆紙『萬朝報』の創業者、黒岩涙香(るいこう)−。

 イベントでは、近代メディア史に名を残したこのふたりを先祖に持つ方をゲストに、両家のその後のファミリーヒストリーを見ていきながら、家族史の調べ方について私が適宜、ワンポイントアドバイスしていくという趣向でした。(開催概要のページへ)

 ただ、当初は、「近代メディア史」という切り口で上野彦馬と黒岩涙香をくくっていたのですが、事前の調査で黒岩家のルーツをたどっていくと、別の見え方がしてきました。

 黒岩家はもともと高知県安芸市の郷士の家柄で、一族には土佐勤王党に参加した黒岩直方がいます。土佐勤王党とは、武市半平太らが呼びかけ、あの坂本龍馬も参加した土佐における尊皇攘夷運動グループです。

 直方はその後、脱藩し、七卿都落ち以降は三条実美らの護衛を務め、薩長同盟締結前には坂本龍馬と行動を共にしています(この頃、直方は安芸守衛との変名を使っていましたが、これは安芸出身で三条の護衛をしている人間という意味からなのでしょう)。

 ちなみに、一般的な歴史書には、直方は黒岩玄治の次男と紹介されていますが、黒岩家の持つ家系図で確認すると、実際には玄治の子の源助の次男で、孫に当たります。この源助の長男が市郎で黒岩涙香の父なので、直方と涙香とはおじ、おいの関係に当たります。こうしたこともファミリーヒストリーを調べることで見えてくる事実です。

 さらに、涙香の父、市郎は地元・安芸で寺小屋を開いていて、岩崎弥太郎の弟、弥之助も学んでいました。岩崎家のルーツも黒岩家と同じ高知県安芸市になります。

 とすると、長崎で多くの志士たちの写真を撮っていた上野(彦馬)家も含めて、こりゃ完全に『龍馬伝』の世界だな、と思うようになりました。

 2010年放送のNHK大河ドラマ『龍馬伝』(主演:福山雅治)では、岩崎弥太郎役の香川照之さんが番組全体の進行も務め、重要な役割をしています。さらに後半では、舞台が高知から長崎に移り、テリー伊藤さん演じる上野彦馬も登場してきます。

 私はイベントの準備で両家のファミリーヒストリーをご子孫の方々の手を借りながら調べていましたが、全く『龍馬伝』の世界そのものだったので、改めてDVD化された作品を見てみたくなりました。

 私の“大河ドラマ歴”は40年ほどで、その間の大方の作品は見てきましたが、それも、本放送1回見れば、2度3度と見直すほどではないといった程度です。『龍馬伝』も本放送を1回は見たはずですが、ほとんど記憶に残っていないので、当時はさほどおもしろいとは思わなかったのでしょう。

 それを今回、改めて見直すと、非常におもしろくて、自分で、あれっ、こんなにおもしろかったっけ、と驚いたほどです。

 理由を考えるに、作品に登場してくる家あるいは社会の、歴史というか、家族史を調べていく中で知ることのできる当時の人々の素の暮らしぶり=空気感のようなものに触れたことが大きかったのかな、と思います。さらに、その家が歩んできたその後の歴史も知り、ご子孫とも話をする中で、当時とのつながりを感じることもできます。

 こうしたことから、坂本龍馬という“あんちゃん”が、本当にそこら辺をテクテク歩いていたんだなあ、という気がしてくるのです。


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